生活福祉文化研究所

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    アートの島・豊島と古民家の民宿

     2024年5月24日に、直島と並んで瀬戸内国際芸術祭の舞台でもある香川県土庄町の豊島に行った。目的はアートによるまちづくり事例調査であったが、それとともに地域おこし協力隊として島に住み、そのまま移住を決意して築110年の古民家で民宿&カフェを営む稲子恵さんに会って、島移住などの話を聞くことだった。1日1組の宿泊故に、客が私だけだったので夕食中や朝食後にゆっくり話が聞け、今日の生活スタイルに至るまでの経緯や考え方、その背景を聞くことができた。

     先ず、訪問して初めて分かったのが、自然エネルギーによるエコな暮らしをするための改築の詳細であった。東日本大震災を埼玉で経験し、どのような災害があってもサバイバルできる備えをする方針を決めて、水は島の湧水と井戸、電気はソーラーパネルで蓄電池を持ち、電灯はLED。お風呂は薪で焚く五右衛門風呂だが、泊まった日は太陽熱温水器からのお湯だけで沸かす必要がなかった。何より興味深かったのが韓国式オンドルに改築した部屋があること。日本では、その職人も少ないと思うが、彼女はオンドル作りのワークショップに参加して知り合った職人さんたちに泊まり込んでもらい短期間に作り上げた。島にはない材料のレンガなどは岡山から運んできたそうである。薪ストーブもあり冷え込む島の冬でも大丈夫。

     稲子さんとの話を通して見出せたことは、地域おこし協力隊として働いたことにより同じ立場にいる人々のネットワークができ、色々な情報交換だけでなく、オンドル作りで困った時の協力などの助けにもなって、その後の移住生活も支えていることである。また、島には不動産屋などないので、クチコミで貸してくれそうな空き家を見つけ、大家さんの了解の元に改築や生活が始まる。島の小さなコミュニティでは、稲子さんのことは皆が知っており、薪割りを手伝ってくれる人や大家さんをはじめ心情的にも応援してくれる人もいるようだ。

     宿泊予約の時は、食事が菜食であることは分かっていたが、それは若い時に、ニュージーランドなどのワーキングホリデイの経験をし、レストランで働いて、外国人のベジタリアンとの出会いもあったことがきっかけだった。いただいた食事は庭のハーブや自家製の調味料などを使った美味しいスローフード。ビールも有機で、オリーブオイルは豊島産のもの。魚は宿泊者が予約時にリクエストすれば、知り合いの漁師さんから手に入れるようである。現在、パン作りを始めたところだが、島では買えない食材はネットで購入する。ずいぶん経費がかかりそうに思うが自然食に徹底しているところも魅力である。そして何より美味しかった。

     若い時のワーキングホリデーでの海外経験、島で初めて採用された地域おこし協力隊としての仕事、その後の移住に至るまでの生活基盤づくりの努力など、今日の自分で納得した生活を築くまでのストーリーはとても深みがあって、予想以上に得るものが大きな旅であった。

     豊島美術館は、アーティスト・内藤礼と建築家・西沢立衛による作品で、天井にある大きな開口部から、風・音・光が入ってきて自然と建物が呼応する空間が印象的であった。展示物が何もなく、床の小さな泉から水滴のように水が沸き、流れていく。隣接するカフェも弧を描く椅子に座り、静かにお茶を飲むスタイルで、メニューも豊島の特産物を使ったオリジナリティのあるものであった。

     また、心臓音のアーカイブで、自分の心臓音と世界から来訪した人々の音を聞き比べると、その違いに意外性があり、このような収録もアートなのだという発見であった。横尾忠則の作品がある豊島横尾館は、内庭のモダンな造園や古民家との組み合わせが興味深かった。

     帰りの船の時間までに立ち寄ったスタンドカフェの店主も沖縄からの移住者で、ベネッセ・グループに属しているそうだ。カフェなのにおにぎりを売っているのは、芸術祭の時に島が来訪者で溢れ、昼食難民が出ることへの対応らしい。世界中の人が訪れる島となり、名の字のごとく豊かな島とも言える。かつてはゴミの不法投棄で悪名高かったことが、かえってその後の立ち直りに向かい、棚田プロジェクトなど、まちづくりの原動力につながったのかもしれない。今回の旅で、島に移住する若者、特に地域おこし協力隊について、もっと調べてみたいと思うようになった。

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