生活福祉文化研究所

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    STUDY

    2023年最終講義資料の掲載にあたって

    これは、久留米大学を退職するに際に行った最終講義の内容です。

    最終講義は、一般的には大学教員の研究・教育の集大成として、教員としての最後の授業で行う場合が多いですが、私は様々な立場で研究・実践活動を行なってきた経歴のため、それらを振り返って報告するものです。

    タイトルの『人間と環境の関係性を巡って』は、大学の卒業論文、修士論文、民間企業に勤務後、地域活動をしながら書いた博士論文、その後の大学教員としての研究論文等、長い経過の中で、人間(人/コミュニティ)と環境(建築/都市)の相互作用、言い換えれば、あるテーマに関するハードとソフトの関係性を追究することが、それらの研究の底辺にあったために称した題目です。

    学生時代は、住宅地の共有空間の物理的形態と近隣づきあいなど社会的側面との関係性について、調査を基に研究しました。その後、親の認知症をきっかけに(認知症)高齢者の施設環境に関する研究と施設設計監修を行い、これも施設のハードの環境が認知症の人の精神面や生活にどのように影響するかを追究したものです。

     その後、「高齢者が最期まで地域に住み続ける」ための地域ケアの形成について、実践活動をしながら博士論文を書き、社会福祉学科の教員になりました。大学教員としても大学と地域の連携をテーマに学生とともにフィールドワークを行い、環境と福祉の融合などに関する研究を行いました。

     総合子ども学科教員としては、子どもの遊び環境や園舎/園庭環境のあり方と子どもの発達への影響に関する事例調査研究を行うとともに、全国的に普及しつつあった子育て世代包括支援センターに関して、この原型であるフィンランドのネウボラの視察を基に考察しました。一方で学科としての共同研究で、医療的ケア児の保育所における保育・ケアや関連施策/社会的環境の現況調査を通して課題を整理しました。

     また、2019年に建築学会の部会で「福祉起点型共生コミュニティ拠点形成」の研究のためイタリアの「地区の家」等の調査に行き、地域で多様な人々が共生するには「居場所」が必要であるという認識を得ました。

    この知見を基に、現在の地域連携センター「つながるめ」を開設することを提案し、大学内の「地域の居場所」が整備されました。そして、このハードの環境をソフトのプロジェクト企画や運営に活かしていくためのアドバイスを行う役を担い、今日に至っています。

    著書

    『老人性痴呆症のための環境デザイン
    ―症状緩和と介護をたすける生活空間づくりの指針と手法』

    Uriel Cohen& Gerald D.Weisman著 岡田威海監訳、浜崎裕子訳
    彰国社 1995年

    解説

     1991年にアメリカで出版された“Holding on to HOME ; Designing Environments for People with Dementia”の翻訳本。内容は、「当時の医学では決定的な治療法がないと言われたアルツハイマー病やその他の認知症の高齢者に対し、建築環境的な介入によってその症状を緩和することができる、言いかえれば環境デザインがそれらの人々に対して治療効果を持つことができる」というものである。そして、そのために必要とされる物理的な面での家庭的環境づくりのデザイン手法について、社会的関連や運営的視点を含めた広い視野のなかで考察したものである。
     当時、日本では身体の障害に対応するバルアフリー・デザインの研究や普及は進みつつあったが、精神の障害である認知症に関する物理的環境からのアプローチは未開であった。その意味で新規性のある内容の本として注目された。

    1 原本の主旨と日本の認知症高齢者介護の流れとの関連性

     “Holding on to HOME”の“HOME”には2つの意味があり、それを増加する認知症高齢者に対応するために整備された国の制度や施設計画方針の変革の流れと関連させて考察すると模式図にしたがって以下のように解説できる。

     “HOME”の一つの意味は、認知症の人は環境変化に弱いので、できるだけ在宅生活を続けた方がよいということである。そのためには、介護を家族だけで担うのではなく、社会全体で支えていこうという国の政策により介護保険制度が制定された。そして現場では、専門職とボランティアのネットワークが必要とされる。施設整備においては、施設入居者のためだけでなく地域の住民にも施設を開放すること、また小規模多機能型居宅介護やグループホームのような地域密着型サービスを提供することが望ましい。そこでは、認知症の人が隔離されることなく周りの人あるいは地域社会とつながりをもつ生活をするように家族やケアスタッフが心がけ、質の良いケアを提供すべきである。
     “HOME”のもう一つの意味は、一人暮らし高齢者など、どうしても在宅生活が難しい場合に施設入居になるが、その施設は病院のような環境ではなく家庭的な環境にすることが望ましい。具体的には、プライバシーが守られる個室があり、多様なニーズに応じる空間から構成され、少人数の暮らしになるようにユニット化により生活単位を確立する。端的に言えば、施設を医療モデルから生活モデルへ切り替えることである。
     このように2つの意味から導かれた「人的環境」のケアと「居住環境」の建築空間が、車の両輪のように作用することが、認知症高齢者の自立を支援することになる。

    2 物理的環境の影響/効果と認知症高齢者の生活の質

     認知症には中核症状(記憶障害・見当識障害・思考障害)があることは周知のことである。また認知症の人が周りの人にとって厄介な存在と見られがちなのは、その行動・心理症状(BPSD; Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)によるものである。誰にも持って生まれた個性があり、認知症の人には中核症状とその周りの環境フィルターがある。この環境フィルターの質が良くないと、望ましくない作用をして、それが不安・ストレスになり、BPSDとなって現れる。逆に環境フィルターの質が良いと、認知症の人は安心・リラックスして「その人らしい」、愛される高齢者になる。

     それではこの環境フイルターの質を良くするためにできることは何かを考えた時、その中に含まれる「人間関係・生活暦・心理・身体状況・環境」のなかで、外部の他者により最もコントロールしやすいのは「環境」である。 つまり、環境(建築空間や身の回りのモノ)は本人のまわりで創り出すことができ、その介入を通して、認知症高齢者の生活の質の向上を導くことができると言える。

    3 認知症高齢者の各特性に対応する環境づくりの指針

     認知症高齢者は一人ひとりの症状を持つが、上の図は、共通する各特性に対して、それぞれに環境面で対応するための指針を示したものである。現実の諸条件やニーズに従って応用するための参考になる。


    Elizabeth Brawley著 浜崎裕子訳
    『痴呆性高齢者のためのインテリアデザイン―自立を支援するケア環境づくりの指針』彰国社 2002年

    解説

     1997年にアメリカで出版された“Designing for Alzheimer’s Disease ; Strategies for creating better care environments”の翻訳本。著者は、インテリアデザイナーとしての知識を生かした実用的な洞察力と、自身がアルツハイマー病の母親を介護した経験から滲み出る細やかで留まるところを知らない探究心と他者への優しさを融合させて、この本を著している。
     内容は、視覚障害に対応する照明や色彩計画、聴覚障害に対応する音環境など五感に関わる環境デザインについて、医学的基礎知識も引用した上で具体的に述べている。また、家庭的な環境づくりや効果的なインテリアエレメントについて写真による事例を用いて解説している。本著は、それらの各項目にデザインチェックリストを設けているため実用的であるとともに、最終章には、デザインプロセスには多分野の専門家の協働とチームワークが大切であることを述べ、デザイナーや施設設計者の仕事への姿勢にも言及している。


    『コミュニティケアの開拓―
    宅老所よりあいとNPO笑顔の実践に学ぶ』

    浜崎裕子著 雲母書房 2008年

    解説

     本著は、学位論文『住民参画による高齢者生活福祉の「場所」づくりのプロセスデザインに関する研究』(2002)を執筆して得た知見を、より多くの住民/まちづくりに関わる人々や福祉関係者にも伝えたいという思いから出版したものである。
     福岡市南区の長住団地に1965年に住み始めた住民が、当初から継続的に展開してきた地域活動を、社会福祉学および建築計画学の観点から多角的に論究したものである。筆者が地域住民とともに実践してきた「宅老所よりあいとともに新しい老人ホームをつくる会」および「NPO笑顔」の活動を、インサイダーの視点で考察しているところに特徴がある。

    1 長住地域のコミュニティ活動の歴史

      地域住民は、自分たちのライフステージに応じて、子育て期には「子ども劇場」活動を、親の介護の時期には「楽しい老後を考える懇談会」を、そして自身が高齢期を迎える時には、福岡市が団地に隣接する敷地で公募した特別養護老人ホーム運営の公募に応募するために「宅老所よりあいとともに新しい老人ホームをつくる会」を立ち上げて、「住み慣れた地域に住み続けるために」住民主体で活動を展開した。
     筆者は建築士の仲間とともに「老人ホームをつくる会」の草の根市民活動をリードして、2年間にわたるワークショップ等を行い、活動の理念や介護方針に関する合意形成を行なって、それを建物の物理的環境に反映した。
     公募に落選後、活動理念を実現するために立ち上げたNPO笑顔の多様な実践活動は、コミュニティケアの新たな道を拓くもので、それまでの日本の介護概念や慣行に捉われない画期的な要素を多く生み出した。

    2 タイトル『コミュニティケアの開拓』の「開拓」の意味

     宅老所よりあいとNPO笑顔の活動は、それまでに無かった多様なモノ・コトを新たに創りだした。

    1)長住団地は、福岡市で最初の新興住宅地(旧日本住宅公団)
    2)子ども劇場活動発祥の地―劇場活動の経験知が「つくる会」の基盤形成になる
    3)第2宅老所よりあいの開設―認知症専門介護施設を地域資源として開発
    4)「つくる会」は、地域住民・ケアスタッフ・建築士の協働により推進
    5)NPO笑顔の設立―地域住民が立上げ、介護保険外のサービスを供給
    6)ふれあい会の設立―地域(生活圏内)の複数の福祉サービス事業所が連携し、情報共有して相互にサービスを補完・提供

    3 実践活動期間(1995年〜2014年)に得られた知見

     2000年に介護保険制度が制定され、日本の介護環境は大きく変わったが、その社会の動きを受けながら、地域住民はぶれることなく自分たちの思いをカタチにした。伴走者としての筆者は多角的な視点から考察し知見を導いたが、特に介護現場に必要とされながらも一般には具現化できていない事柄のいくつかを提示する。

    1)全国で初めて宅老所を開設した「よりあい」が始めた「通って、泊まって、住んで」というサービス形態(後に、小規模多機能居宅介護として国が制度化)を長住地域に誘致したばかりでなく、それを専門職と地域住民が一緒になって(フォーマルとインフォーマルの融合)地域を基盤にコミュニティケアを実践した。

    2)「生活の継続」は、認知症高齢者グループホームの制度化当時、厚労省も強調したことであるが、「つくる会」の活動過程で実践した「ケアの連続」は、介護サービス提供前から始めて地域での看取りに至るまで、途切れることなく継続した。

    3)超高齢社会にどこで死を迎えるかは大きな課題であるが、終末期を家族とともに地域で支え、見送る(地域葬)ことも実践した。

    4)「ふれあい会」の活動は、介護保険制度を活用して営利を目的に事業展開する福祉サービス事業所には受け入れ難い(各事業所がそれぞれの特性と限界を認め合いながら、一人ひとりの要介護者のニーズに応じて、近隣の競争相手である事業所とサービス調整する)が、それをコーディネートするのが地域住民(NPO笑顔)であった故に実現できた。

    5)3つのチエン:「血縁」「地縁」「知縁」
     介護が社会化されてもなくてはならない、むしろ今は再度取り戻したい家族介護力の「血縁」、コミュニティの希薄化により孤独を感じる現代人が、困った時は「頼むね」の一言が言える「地縁」、価値観を同じくする人が、ミッションを掲げて組織するNPOは「知縁」をもとに活動し、社会課題を解決する地域社会づくりの担い手となる。
     長住地域においては、この3つのチエンが重なり合って、まちの物語を綴ってきた。あるときは薄れていると思っていた地縁が捨てたものではないと気づき、またふとしたことから他人に呼び覚まされる血縁に胸が熱くなり、そして世の中の動きに振り回されそうになるときに知縁が支えてくれる。

    論文

    1. (修士論文)低層集合住宅地計画(タウンハウス計画)の研究
    2. (Master thesis)A Comparative Analysis of Medium Density Housing in the U.S. and Japan
    3. (博士論文)住民参画による高齢者生活福祉の「場所」づくりのプロセスデザインに 関する研究 2002年
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